宇和島伊達家桜巡り
宇和島の桜はかつて、気象庁による桜の開花宣言において全国で最も早い地域の一つでした。しかし、2006年測候所の無人化に伴い気象庁が宇和島市内で桜の観測をしなくなったことから、それまでと同じ標本木と開花の定義を使って気象庁OBの市民によって観測を続け、宇和島市は独自の「開花宣言」を出しています。
非公式ながら、何度も日本一の開花をしている宇和島の桜ですが、今年は東京の開花に続き2番目の開花となったようです。例年より早い3月15日に開花宣言となった宇和島の桜スポットの中で、今回宇和島伊達家に縁のあるところを尋ねてきました。
まずは、宇和島城下町の中心に位置し、シンボル的な存在である宇和島城へ。藤堂高虎の手によって築かれた宇和島城は2015年に伊達家入城400年を迎えました。1666年頃に伊達2代藩主により建て替えられた天守は、非常に貴重な現存十二天守に指定される重要文化財でもあります。
その天守前に広がる桜が満開を迎えお城を訪れる観光客の皆さんを迎えていました。
天守下の城山公園と呼ばれるエリアにも、桜の木がたくさんあり満開となっていました。
開花宣言後、雨続きだった宇和島でしたが、この日はとてもお天気が良く優しい光が桜を包んでいました。
宇和島城から程近い場所に、宇和島名勝 天赦園があります。
天赦園は、宇和島藩第7代藩主である伊達宗紀が、隠居場所として建造した池泉廻遊式庭園です。伊達家の家紋に因み様々な種類の竹をはじめ、藤や花菖蒲などの四季折々の花が植栽されており、落ち着きのある趣を演出しています。
宇和島伊達家の大名庭園である「天赦園」の命名は伊達政宗によるもので、幕末の国事斡旋の舞台にもなりました。
名の由来は、伊達政宗が隠居後詠んだ、
「馬上に少年過ぎ 世は平にして白髪多し
残躯は天の赦す所 楽しまずして是を如何せん」
という漢詩からとったものであると記されています。
庭園内にある、書院式茶亭の潜渕館(せんえんかん)は、大正11年、昭和天皇陛下が皇太子のころ、天赦園御成の際の御座所にあてられたこともあります。
その天赦園にも桜が植樹されており、この日はこちらも満開に。
最後に、金剛山大隆寺へ。
こちらは、宇和島藩5代藩主・伊達村候が自ら墓所と定めた歴代宇和島藩主の菩提寺です。村候の戒名が寺号になっているため、寺号で呼ぶことを非礼として、地元住民からは山号である「金剛山」と呼ばれ親しまれているそうです。またこちらの墓所内には、宇和島藩初代藩主・伊達秀宗公正室の亀姫の墓もある。
こちらにも立派な庭園があるとのことですが、今回は正門前の桜を鑑賞させていただきました。
他にも伊達家縁の場所はありますが、今回は桜を鑑賞しに三か所お邪魔してきました。
弊社の連携させていただいている「木屋旅館」さんからも程近いスポットばかりですので、宿泊される際にはぜひ訪れてみてください。